創価学会批判について。

ネットに悪口を書き込むヤツらに反応することはいかに不毛な行為なのか?
という記事を読みました。
(2015/8/3追記:記事が削除されてしまったようです。
いい記事だっただけに残念。
記事の題名で検索していただくと他のサイトで読めたりするかも。
著作権的にどうなのかなと思うけど。)
著者のセブ山さんとしても創価学会の文脈で記事を紹介されるのは本意でないに違いませんが、なんかネット上の学会批判にも通じるものがあるような気がしました。
 
 ひどい学会員さんがいて、それで創価学会が嫌いになった、という話なら分かります。
学会員さんも真心で動いていたんじゃないかとは思いますが、結果非常識な行動になっていたとしたら、それは申し訳ないです。
池田先生は「常識が大事」と言われていますが、それを実践できなかったイタイ学会員さんだったんですね、本当に申し訳ありませんでした、という話。
 
 問題かなぁと思うのは、学会を在日韓国人の集まりであると何の根拠もなく人種差別と宗教差別をごちゃまぜにして荒唐無稽な批判らしき文言を並べ立てるもの。
僕、創価学園通ったし本部にも知り合いいるけど、在日韓国人の方、いませんよ???
個人的には、学会の中では韓国の存在感より、米国とか台湾、ブラジルの方が上なような気がします。
池田先生も韓国人ではないってちょっとググったらすぐ分かる。
 
 結局、ああいう人たちは真実がどうかなんて関係ないわけです。
ネット上で見かけて反論を試みたこともありますが、無視か、口汚く罵るのみで不毛でした。
文句が言いたいから文句を言う。
論理が破綻していようと関係ない。
攻撃することによって自分が優位に立ったような気がして、ちょっと気持ちいい。
そんなところかと思います。
あぁ恥ずかしい。
テレビでやってたら恥ずかしくてチャンネル変えちゃうレベル。
 
 ということで、ああいう論理の破綻したような批判にくみすると、イタイ人になっちゃうからやめましょうね、という話でした。
僕は不毛なので相手にしません。
すみません、忙しいので…。

宗教がなくなれば平和になる?

なんかネットを見ていると、「宗教がなくなれば世界は平和になるのに」なんていってる人が結構いらっしゃいますよね。
匿名性が高いところですので、本音が書かれているのだと思います。
ただ、そういう発言をされる方の主張をよく読むと、宗教についての真摯に勉強されている方はあまりいらっしゃらない印象です。
大抵は他の方の意見に影響されているだけなんじゃないでしょうか。
よく槍玉にあげられるイスラム教ですが、テロ行為に走るイスラム教徒などほんのごく少数に過ぎず、ほとんどの人たちは弱い人たちを守り、他宗教の人たちと仲良くやっていくことを大切にしている、モラルの高い人たちだと分かります。
ちなみに、日蓮大聖人は徹底して非暴力を貫かれたようですし、創価学会も非暴力を推し進めている団体です。
一般のマスコミでは一切報道されていませんのでご存じない方がほとんどでしょうが、創価学会・SGIは非暴力運動を世界中で継続的に行っています。
核廃絶の署名運動では1300万人の署名を集めて国連に提出したりしています。)
戦時中の日本を含め、宗教を利用して戦争をする人間は少なからずいるようですが、一方で、世界平和を実現するために現実に行動を起こされている方の何割かは、宗教的な道義心・使命感を持って取り組んでおられるはずですし、個人的にはそういう方の方がモチベーションは高いのではないかと想像します。
「宗教がなくなれば平和になるのに」という方で、具体的に世界平和のために動いておられる方がどれだけいるでしょうか。
「平和になればいいな」と思っているだけ、言っているだけの平和念仏教になっているとしたら、まずは本を買って読んだり、信仰をされている人と仲良くなってみることから初めてみるといいのではないかと思っています。

うちの場合。

はてな匿名ダイアリーにこんな記事(http://anond.hatelabo.jp/20130829111837)が載ってました。
僕も今の奥さん(当時はまだ彼女)を説得して、創価学会に入会してもらったクチです。
記事にもありましたが、まぁ僕の心境としても入会してくれなかったら結婚できなかっただろうなぁと思いますねぇ。
 
 もちろん、これを「創価学会の盲信者」「マインドコントロールされているかわいそうな人」とレッテルを貼って鼻で笑う方も、実態を知らないがゆえに闇雲に怖がる方もいらっしゃるのは分かるつもりです。
ただまぁ、現状認識の材料として、僕の場合はこんな感じですよ、というのをお伝えしようかと。
 
 僕は前にも書きましたが、創価中学・高校出身です。
創価中学・高校というのは、(少なくとも自分の時代は)「社会・世界に貢献できる人材に成長しよう」というのが強く打ち出された学校でした。
池田大作先生がスピーチをされたり、メッセージを寄せてくださったりするのですが、まったく宗教の話はされず、様々な偉人のエピソードを通して、読書・勉学に励み、世界に羽ばたく人材に育って、貢献していくんだよ、ということばかりおっしゃっていました。
 
 そのためか、僕の周りも私利私欲のために勉強する、などという人間はおらず、皆、熱い理想を持って勉学に励んでいたように思います。
キリスト教系の学校のようにお祈りの時間などは一切ありませんでしたので、一般的な宗教校よりもよっぽど宗教色が薄く、イギリスのパブリックスクールのようなイメージに近いんではないかと勝手に思っています。
 
 そんなわけで、僕もそれほど勉強ができる方ではなかったのですが、結構必死に勉強しました。
名著と呼ばれる文学も頑張って読み、人生観や人格を磨くことに取り組みました。
(その際、決して「創価学会」という一宗派に貢献するため、などという偏狭な気持ちは一切ありませんでした。)
その結果、今はたくさんの方に貢献できる業種につかせてもらい、夢に向かって必死に働いています。
30代で年商2億ですから、自営業としてはまぁ成功した方ということになるでしょうか。
いまだに資金繰りでひーひー言ってますが…。(´・ω・`)
 
 で、僕の実感としては、そこまでなんとか来られた原動力は、間違いなく創価中学・高校時代の池田先生の指導であり、友人たちとのつながりであり、信仰なわけですよ。
できれば一生を共にする奥さんには、その文化圏にいて欲しいわけですよ。
友人なら別の信仰を持っていてもらってもいいんです。
超仲良くなることだってできるし、深い語り合いをすることもできる。
池田先生だって多くの識者(キリスト教徒やイスラム教徒)と非常に深い対談をされ、友誼の輪を広げておられる。
でもやっぱり奥さんには普通に学会活動上の愚痴も聞いてもらいたいし、同じベースの上でつながっているという感覚がほしいわけですよ。
自分の恩師を、奥さんが外からの視点で「池田さん」とか言っちゃってたらすげぇ寂しい。
自分が大好きなアニメとか漫画を超バカにされるのより寂しい。
 
 今、うちの奥さんはそれほど学会活動を頑張っているわけではなくて、一応座談会とかには出ているという程度なんですが、それでも入会してくれてないよりは5万倍嬉しいです。
ダメか。

朝鮮学校へ防犯ブザーの無料配布について

大分久しぶりの更新となってしまいました。
今日は宗教の話から離れて、こんな話題。
児童用防犯ブザー:配布反対、大量の脅迫電話−−町田市教委 /東京 毎日新聞
個人的には、朝鮮学校が俗に言う「反日的な」教育を行うことに対しては大変疑問があり、そういった教育内容であれば補助金などを学校が出すべきではない、という議論には首肯するところですが、さてこの問題。
防犯ブザーなんて、生徒の命に関わるものですので、ここは出してあげたらどうかと思います。
批判すべきは朝鮮学校の大人たちであって、子どもたちではありません。
子どもたちは、日本に生きている以上、守ってあげなくてはいけません。
 
その結果、二次的な話ではありますが、子どもたちは日本の味方なってくれるかもしれません。
敵愾心を持たせてなんになるでしょう。
守ってあげましょうよ、大人なんだから。
子どもに罪はないですよ。
 
そんなことを思いました。

祖母の法事に行ってきました。

先日、祖母の法事がありました。
参加者は身内と、祖母と親しかった方々、そして地域の学会員さんたち。
創価学会の会館の一部屋をお借りして、勤行、唱題、焼香。
地域の学会員さんの題表の方がお話をされて、僕ら家族が一言ずつ言って。
非常に和やかで、ほのぼのした、とてもいい法事だったと思います。
僧侶がいる必要はないし、いない方が気楽でいいように思います。
釈尊は弟子たちに、自分の葬式に関わらず、修行に専念するよう言ったそうで、実際葬儀は在家の信者たちが行ったそうです。
 
もちろん、和やかな法事をしてくれる僧侶もいるのでしょうが、どうしても供養(という名の支払い)は出さなくてはなりません。
今の若い人の感覚としては、僧侶など呼ばずに、身内で行いたい人がほとんどなのではないでしょうか。
なお、創価学会の会館で法事をする際は、料金など一切ありません。
僕も学生の頃、牙城会(会館の受付、見回り、管理をする役の人々)のお手伝いをしていましたが、一切そういうお金の授受などはありませんでした。
 
法事の後、祖母と親しかった方々が会館の中を見学されていました。
学会員さんたちはその方々と笑い話をしながら、笑顔で案内されていました。
 
会館に入ったら折伏されちゃうんじゃないかとか心配される向きもあるかもしれませんが、そういうことはありませんのでご安心ください。
私たちは地域の方々に、私たちの本当の姿を知って、理解してもらいたいと思っているのです。

公明党の最大の失策、イラク戦争加担

多くの方が書かれているように、公明党がかつてイラク戦争に加担したのは事実と思います。
当時私は「野党ではないから安易に『反対』とは言えない、厳しい立場なのだろう」「政治は是々非々。政策は常に他者との妥協で決まるもの」「大量破壊兵器も恐ろしいし」などと漠然と思っていましたが、私の親しい友人は、創価学園・創価大学出身でありながら、あるいは出身だからこそ、堂々と抗議デモに参加しておりました。
今の私であれば、デモに必ず参加すると思います。
あれはあってはならない失策でした。
何百年経っても消せない汚点と思います。
 
 戦争では何も解決できないということは、以前から創価学会の中で、池田先生の指導として何度も学んできました。
今のイラク、アフガンを見れば、それが正しかったことが分かります。
何故こんなバカげた失策が起きたのか、真相はおそらく10年、20年してから分かるのでしょう。
その時を待ちたいと思います。
(アメリカからの圧力に屈しただけ、なんてことかもしれません。)

(2012/9/20修正)
この記事に対するコメントで大河さんに誤りを指摘していただきまして、この記事の内容は誤りと分かりましたので修正させていただきます。
コメントにも書かせていただきましたが、小泉元総理がイラク戦争をすぐさま指示したことに対し、当時の神崎代表が「やむを得ない」と発言したことをもって世間では「容認」ととられ、自衛隊派遣をもって「戦争賛成」ととられているということが分かりました。
そこから先はネット住民によるイメージのみの伝聞拡散と。
学会側の声が小さすぎますね。

ポーリー・トインビー女史の批判について。

 偉大な歴史学者であるアーノルド・トインビー博士と池田先生の対談について、孫娘のポーリー・トインビー女史が批判されているのを知りました。
全ての人に対面で好かれるということは、人間である以上、不可能と思います。
また、ポーリーさんの場合、創価学会に関する情報のソースがどうにも劣悪だった様子で、それが判断材料になってしまっているのが残念です。
まぁ、最初にあまりいい印象を持たれなかったため、悪意のある情報ソースを重点的に採用されてしまったのでしょうが…。
ポーリー女史も人間ですから、仕方ありません。
 
 しかし、「とりとめもなく長々とした、二人のおしゃべり」と断じているところは、さすが孫娘。
家族でなければ、そこまで言えません。(笑)
あれだけ示唆に富んだ内容の本を、「おしゃべり」って。
その辺の女子会と同列の扱いです。
すごい強気な人なんでしょうね。
 
 気になるのは、この批判に乗っかってる人たちのコメント。
多分この本、読んでない感じなんですよね。
つまり、フェアじゃない。
まぁアンチの方々に時間を割いて読め、というのが難しい話なのは重々承知なんですが、ちょっとでいいから「21世紀への対話」、読んでみていただきたいです。
学会がどうとか別にして、話として結構面白いですよ。
古本屋で買えば、先生に印税は入りませんし。
売ってるのかなぁ?

学会2世、3世の告発に思う

ネットを見ていると、学会2世、3世の方が、学会を糾弾していることがあり、心が痛みます。
理由はそのほとんどが、どう見ても親が育児をちゃんとせず、学会「活動」に逃げていたことが原因と思われるから。
(育児が大変で仕事に逃げちゃうのと同じ構図と思います。)
 
私の知り合いの元創価学会の本部職員だった方の息子さんがたは、親御さんが大好き、創価学会も大好き。
親御さんは活動に逃げず、しっかり息子さんたちを育てておられました。
信心はもちろんしっかりしていますが、活動はバランスを取りながらされていたようです。
 
反対に、創価学会の幹部の息子でちょっと問題があるような子は、親御さんがしっかり育児をしていない。
多分学会も嫌い。
そらそうですよね。
子どもから見たら、親を悪者にしたくないから、「創価学会が自分から親を奪った」って考えたくなる。
そう考えたら、「創価学会=カルト」って図式になりますよね。
無理もない。
 
池田先生・奥様はその点、時間がない中、一生懸命子どものために工夫を凝らされていたようです。
小説「人間革命」にも、そのあたりのことが書かれていました。
 
「一家和楽の信心」といいます。
学会員なら耳にたこができるほど聞いたことがあるはずです。
家族が幸せになるための信心ですから、家族の問題が起きた時は、活動をすこしお休みしてでも、がっぷり四つで取り組むべきと考えます。
ご本尊に祈ってれば、勝手に子どもがまともに育つなんてこと、あるわけありません。
そんなの信心じゃありません。
 
育児は大変な労作業です。
生命力が十分になければ、いい育児・教育などしてあげられません。
だからこその信心なんだと思います。
祈って、生命力を引き出して、子どもを大切に育てる中で、自分と子どもの成長があるわけです。
「信心根本=学会活動根本」ではありません。
逃げちゃいけません。
逃げれば後継の人材が育ちません。
かえって敵を作りかねません。
何より子どもさんがかわいそうです。
 
結論:学会員は、世間の人よりも育児を頑張るべき。そのエネルギーを、信心で得るべき。


愛する奥さんへ。
僕も育児、頑張ります。
ときどきへたるけど、許してください。w

「騒音おばさん」について

ネットサーフィンをしていたら、「騒音おばさんは創価学会員のひどい勧誘にあった被害者で、おばさんは創価学会と戦った英雄」みたいな書き込み、動画を多数見つけてしまいました。
訴えた被害者夫婦が創価学会員だという証拠はどこにもないにも関わらず、もっと言えば「ひどい勧誘を受けた」という証拠はさらにない中で、おばさんを全力で擁護している姿は残念と言うほかありません。
 
「マスコミは本当の事を言わない!」と憤る一方で、真偽不明のネット情報に飛びついてしまったのでは、情報リテラシーとしてはかなり厳しいものがあると思います。
下記ページによると、裁判は刑事裁判だったため、被告人の言い分は存分に述べられているはずとのこと。
それでも最高裁の裁判官全員一致で判決が出ているわけで、少なくとも出所不明の情報を頼って「騒音おばさん」を擁護する妥当性はかなり低いと考えるべきです。
Yahoo!知恵袋:「”騒音おばさん”は、創価学会の圧力で悪者にされた」というデマ


 ところで、もし仮にネットで書かれているように訴えた被害者夫婦が学会員で、ひどい勧誘をし、断られたからと言って嫌がらせをしたというのが事実であったとしたら、そんな人間は学会員として失格と思います。
人間性を高めるための宗教です。
熱心な学会員は、周囲の人に元気になってもらいたい、幸せになってもらいたい、との思いで折伏(勧誘)をします。
相手を思っての行動ですから、相手にむげに断られたとしても、嫌がらせをしてやろうなどとは夢にも思いません。
むしろ、「自分の言い方が未熟だったかな、相手に響かなかったのは自分に原因があるはずだ」と考えます。
そして「いつか良さを分かってくれるといいな」と思いながら、誠実に人としてお付き合いを続けるはずです。
 
結論:ネットで「被害者夫婦は熱心な学会員」とよく書かれていますが、もし本当に学会員なら、学会員としてクズ!