「エホバの証人」カテゴリーアーカイブ

エホバの証人と高等教育

駅前のエホバの証人の方に聞いた内容です。
やはりエホバの証人では、高等教育を否定しているようです。
「何のために行く必要があるのか」
「それが神に求められているのか」
みたいなところで「行く必要がないし、推奨はしない」というスタンスだそうです。
 
でもそれでは若い人の才能が伸びずにつぶれてしまうのでは、と聞いてみましたが、
それは気にされていないようでした。
まぁもうすぐハルマゲドン、と考えていたらそうなるかもしれませんよね。
気持ちは分かる気がします。
 
「大学に行くと組織から離れてしまう人が多いから行かないことを推奨している」という見方をしている人もいるが、と伺ったところ、
「誘惑が多いですし、実際そういう事例もあるので」とのこと。
 
実はこの考え方、エホバの証人の高校生には結構魅力的だと思うんですよね。
「競争社会の中であくせくしなくても、生きてはいける。
エホバの証人にはそうして生きている人がいっぱいいる。
頑張って受験勉強などしなくていい。」
そりゃ楽でしょうね。
でも、それじゃダメなんです。
 
お金が稼げる稼げないの話ではないです。
研究者なんてみんなお金ない。
お金が目的じゃないし、競争するために大学に行くわけじゃない。
いい会社に行くために大学に行くわけでもない。
だいたいその「いい会社」ってのがあと30年先に続いているかなんて、誰にも分らない時代になっています。
 
そうではなくて、力を付けて、人の役に立てる人材になるために行くんです。
 
エホバの証人の皆さん、高等教育は受けましょう。
広く世の中を知り、自分の頭で考える訓練を受けるべきです。
歳をとっていたって関係ありません。
 
私のクライアントは80歳を超えてなお、創価大学の通信教育で数学や日本の政治学などを勉強をされています。
創価大学には宗教教育はありませんし、年配の方も多く勉強されているという伝統がありますが、抵抗があるなら他の大学の通信教育でもいいでしょう。
放送大学だってあります。
 
無力では人は救えません。
人の力になることはできません。
いざというとき、それはものすごく、ものすごく辛いことです。

エホバの証人とハルマゲドンと子どもをつくらない夫婦

駅前のエホバの証人の方に、ハルマゲドンはいつ来るとお考えですか、と聞いてみました。
今まで何回も予言が外れてきてしまったこと、1914年を経験した人たちがほぼ生き残っていないことを前提に、です。
「組織としては、いつまでに来る、ということは言っていない。
だが、世の中の数々の情勢をかんがみて、間もなくだとは感じている」とのこと。
 
私たちがあと50年生きるとして、その間に起きない、という可能性は考えておられますか、という問いには、
「私自身がいつまで生きているかは分からないが、そんなに長いスパンで先ということはないだろうと考えている」
という趣旨のお話をされていました。
 
もうすぐハルマゲドンが来るから子どもは作らない、という夫婦もいらっしゃるというのは本当か、と聞いたところ
「それはあると思う」

とおっしゃっていました。
 
後から思えば、今日駅前でお話を伺ったエホバの証人のご夫婦、それで子どもつくらなかった感じでしたね…。
前に聞いたご夫婦もそうだったんだろうなぁ、たぶん…。
今になって、なんか悪いことズケズケきいちゃったみたいな、なんだか申し訳ない気持ちになってしまいました。
失敗した。
もっと相手が傷つかないような言い方なかったんか俺…。
これが相手の幸せを祈り切れていなかった結果ですね。
本当に恥ずかしい。
 
「子どもをつくる」=「幸福」ではありませんが、前回お話を伺ったご夫婦も、今日お話を伺ったご夫婦も、とてもいい人たちだっただけに、ハルマゲドンを信じたが故にお子さんを作られなかったとすると胸が痛みます。
終末思想を鞭で刷り込まれた結果なのでしょうか。
だめだ。
そんなの絶対ダメです。
エホバの証人の組織が人の未来をつぶしてしまっていることの象徴とも思います。
 
早くこっちに来てもらいたい。
それが無理でも、組織から離れて、自由に人生を謳歌してもらいたい。

エホバの証人とムチ

久しぶりにエホバの証人の方に話を聞いてきました。
まずは鞭の話。
事前にこんな記事を読んでいました。
「エホバの証人の教えの奥義」ちょー入門
1994年8月8日に日刊紙「赤旗」で報道されたせっかん死事件の記事のコピー
まぁひどい話。
 
実は身近にエホバの証人の女の子(10代)がいるので、まずはその子に聞いてみました。
「昔はひどかったと聞いていますが、今はそんなのないですよー。私もされたことはありません。」とのこと。
あ、そうなの?
エホバの証人って、そういうところは修正してきたの?
と思ったんですが、今日駅前で違う方(たぶん40代)にお話を聞いたら、「なんであなたそんなこと知ってるの?」的にビックリされつつ、ご自分はやはり鞭で打たれたことがあると。
そして超言葉を濁しながら、王国会館などでされているのを見ることはなくなったが、今も家庭では(多分割と広く)行われている、ということをおっしゃっていました。
聖書に「懲らしめの鞭」という言葉が出てくるのだそうで、ご自身が鞭で打たれたときは「やはり聖書に書かれている通りやるのだな、と熱い気持ちになった(原文ママ)」とおっしゃっていました。
 
まだやってるじゃん!
 
まぁうちだって相当怒った時に「なにしとんねん!」って軽く叩いちゃうことはありますけどね。
鞭はやりすぎでしょう。
鞭で宗教を強要するとか絶対あかん。

「良心の危機」の最初の方読みました。

元統治体(エホバの証人の中心組織)メンバーの方が書かれた暴露本のダイジェスト版がこちらでダウンロードできます。
1/3くらい読んだんですが、まぁひどい。
勇気を出して、この本を書かれたRaymond FRANZさん、GJ。
きっと多くのものを失われたのだと思いますが、たくさんの方がこれで抜けられたでしょうから…。

内容についてですが、統治体のメンバーも人間だから、まぁそういうことも起きるよねという感じ。
みんな同じ人間ですから、当然。

問題なのは、その人間が(言葉は悪いですが)テキトーに決めた事柄で、多くの人の人生が簡単に狂わされてしまうということ。
そして信者の方々が、「統治体も人間だから間違うよね」とか「これおかしくね?」とか言えないこと。
言ったら排斥されちゃう(家族からも仲間からも仲間外れにされてろくに挨拶もできなくなる)こと。
教団のためにすべてを捧げ、教団の人としか他人のつながりがなくなってたりするのに!
これはあまりにもかわいそうすぎます。

信者の方に、「統治体も人間だから間違うこともたくさんあるんですよ」「統治体は神ではないですよ」というのを伝えるのにはどうすればいいのか…。
自分、「サタンの手先」だと思われてしまう…。(;´Д`)

日蓮正宗とエホバの証人


Yahoo! 知恵袋に日蓮正宗の方のエホバ対策の情報が載ってました。
「エホバ賊」とか書いているあたりで「うわ・・・」となりました。
読んでて自己満感がすごい。
相手に対する尊重の気持ちが微塵も感じられない。
でも、かつて創価学会も日蓮正宗の信徒団体だったときは比較的「邪宗」とかって単語がよく座談会でも聞かれたような気がしますし、こういう勢いの人もちょっとはいたような気がしますね…。(遠い目)
 
日蓮正宗から分かれて、そういったドグマティックな組織から自由になったからこそ、
第33回 SGI提言のように、池田先生も
「対話と対極に位置する狂信や不寛容の歴史を引きずる宗教の分野にあっては、ドグマを排し、自己抑制と理性に裏打ちされた対話こそ、まさに生命線であり、対話に背を向けることは、宗教の自殺行為といってよい。したがって、仏法を基調とする人間主義を推し進めるにあたって、いかに狂信や独善、不信といった問答無用(原理主義)の壁が立ちはだかろうと、この、対話こそ人間主義の”黄金律”であるという旗だけは、断じて降ろしてはならないと訴えておきたいと思います。」


と書けるようになった、ということは絶対にあると思います。
 
相手をこき下ろして黙らせて「俺カッケー!」みたいな自慰行為は「対話」とは言わないです。
恥ずかしいからやめて。

エホバの証人と監禁

えぇと、今日はエホバの証人の方に会いに行くのが遅くてもう駅前からいなくなっちゃってました。
反省。
次から早い時間に行くようにします。
誰も待ってないと思うけど記事上げられなくてごめんなさい。(;´Д`)
 
エホバの証人の組織自体はカルトですが、どうも信者の方と話していても、こちらが監禁されたりしそうな暴力的な気配はなさそうだなぁと思って調べてみました。
 
ググってみたらエホバの証人の方が、逆に監禁されたりしてるんですね。
逆だった。
異端からの改宗を迫られて、結構監禁されてる信者さんがたくさん…。
で、PTSDになったり。
かわいそうすぎる…。
西舞子バプテスト教会さんのサイトのエホバ関連ページにも
「力による(監禁、拉致)のではなく、粘り強い愛により説得しましょう。」
と書かれていて、ちょっとため息。
キリスト教の方は異端に対する憎しみがちょっとキツイんですかね…?
(西舞子バプテスト教会さんのエホバ関連ページの内容はよくまとまっていて、大変好感が持てました。
きっと私などが利用するのは本来の目的と違うのでしょうが、参考にさせていただきます。)
 
拉致監禁はダメです。絶対やってはいけない。
棄教をさせるにしても、本人の納得が大事。
人間の尊厳を踏みにじることは許されないし、そんなことをすればあなたがカルトになってしまう。
エホバの証人の熱心な信者の方は皆さん善良です。
善良であるが故に統治体のいいようにされてしまっている被害者です。
優しくしなければいけない。
「私はあなたのことが人間として大好きだが、統治体は大嫌いだ」というのが基本姿勢であるべきと思います。

駅前にいたエホバの証人の方に話を聞いてきました。

駅前で証言活動をしていたエホバの証人の方に話を聞いてきました。
突っ込んだ質問をガンガンしちゃいましたが、丁寧に答えてくれました。感謝。
僕は統治体(エホバの証人を監督する長老団)は大嫌いですが、エホバの証人の方々は人として結構好きです。
まじめで優しい人がほとんどで、怖くないですから。
統治体は平気で信者を殺す人たちなんで、断固許しませんけどね。サタンはお前らだ。

信仰の喜び

信仰を通して、どのような喜びを得ているのかを聞いてみました。
答えは次の通り。(ちょっと長かったので趣意)

  1. 聖書に書かれている人との付き合い方を実践し、仲良く過ごせることが喜び
  2. 人との付き合い方を含め、聖書に書かれている現実に当てはめるのが喜び(多分「1」よりこっちが上)
  3. 将来神の楽園に行ける(可能性がある)希望が喜び
  4. 辛いことや悲しいことがあっても、聖書の言葉に神の慰めを感じることができる喜び

現実に祈ったことがかなう喜びはめったにないとのこと。
これは「決めて祈って動いて勝つ!」「祈りとして叶わざるはなし」とかいってガンガン現実と格闘し、克服し、そこに信仰の確信を見出す創価学会員とは決定的に違うとこですね。

信仰の喜びについても、だいぶ違うようです。
例えば「4」について。
創価学会員は辛いことや悲しいことがあって一時呆然としてしまったとしても、必ずそこに意味を見出し、「変毒為薬してみせる」と誓い、前を向くのをよしとしています。また、信仰でそのような強い自分を確立することが目的でもあったりします。だいぶ違いますね。

信仰の確信

今日お話を伺ったのは、親がもともとエホバの証人という、いわゆる二世の方でした。
聖書を読む中で、いずれ終末が訪れて神の楽園が作られるという確信を持ったそうです。
まぁ集団の中にいたらそうなるんですかね。
彼らが読む聖書は改ざんがひどいと研究者たちにフルボッコされてるらしいですけどね。
僕は仏教徒ですし超絶忙しいんで学術的なところまで突っ込んで勉強する気はないですが、統治体が信徒たちに「外の世界はサタンの影響下にあるから勉強するな」とか言ってる時点で、なんか都合悪いこと隠してるでしょ。絶対。

創価学会は現実と格闘して結果を出す中で、あるいは結果を出した人の話を聞く中で「この信仰はすごい!」と確信を持つわけで、だいぶ楽に確信が持てるという点で楽ですね。
エホバの証人の人たちは一度も来たことがない終末を信じようとするわけですから、大変です。
こっち来た方がよほど楽なのになー、と思います。
信頼関係ができたらいつか言ってみよう。

輸血の話

新しい光が発せられたら

万が一、統治体が「輸血OKです」という「新しい光」が発せられたら、輸血しますか? と聞いたら、「それはあり得ないです」とのこと。
でも「肉は食べていいとされている。一滴の血液も肉の中に残されていないという状態にはできるわけではないから、我々は現実的なとらえ方をしている」。
「将来どの成分輸血なら受けてもいいといったことにはなるかもしれない」(趣意)とのことでした。
調べてみたところ、すでに現在でも、アルブミンや免疫グロブリンなどをOKと言っているようです。
http://cult-sos.jp/cultnews/1346/

難しい理屈こねくり回して、さっさと統治体は「輸血は良心の問題(つまりOK)」って言うべき。
あなたたちは人を殺し過ぎている。

昔の「ものみの塔」

昔の「ものみの塔」に輸血して助かった人の体験談が載っていたことがあったようだが、と話したところ、「それは知らない」とのことでだんまり。(多分動揺してた)

(上記の英語の記事は1937年からの機関紙だった「Consolation(なぐさめ)」の記事です。
たしかに医師が輸血をして信者の女性が助かったと書かれています。)
情報遮断がうまくいってしまっているようなので、みんなで教えてあげるべきですね。

輸血を受けたら排斥されますか?

言葉を濁されましたが、結論としては、排斥される、ということのようでした。
「仲間とはみなすことができない」とのこと。

ただ、ここを見る限りでは、最近は排斥されていないようです。
http://cult-sos.jp/cultnews/1346/
「永遠の命の見込みを失うことを恐れて、血液のいかなる成分をも受け入れない人が多い。」という一文に暗澹たる気持ちになりますね。

全時間の奉仕者について

Wikiを読むと、「バプテスマを受けて少なくとも半年を経過したエホバの証人の中には、年に840時間(70時間/月)を証言活動に費やすと神に誓約する者もいる。彼らは正規開拓者と呼ばれる。その多くは専業主婦であったりパートタイムの仕事などで平日の時間を捻出している。」とのこと。
これ、若い人がやっちゃいけないよね、やったら将来食い扶持無くなっちゃうよ(結構人生詰むよ)、と思うわけですが、その点について率直に聞きました。
「そういう選択をされる方もいますね。その方の自由だと思います。私たちが積極的にそれを推奨しているというわけではありません。」
ホントでしょうか。

若い熱心な信者にとっては楽な選択肢かもしれないなーと思うんですよね。
つらい就職活動しなくてよくて、いつもやっている「証言活動」をしていれば、周りの仲間に賞賛されるわけですから。
でも、そんな安易な選択肢を与えることで、若い人の将来の生きる糧を奪ったり、才能の芽を摘むようなことは許されないと僕は思います。

参考資料:
年金払えるなら払いましょうよ

ネット遮断

今日お話しした方は、お名前と携帯の電話番号をくれました。
お名前でググっても、見事に何も出てこない。
おそらく統治体の言うことを守って、サタンの影響下にあるインターネットには近づいておられないのでしょう。
今日も「私はネットで調べたりはあまりしないので…」とおっしゃっていました。

参考資料:
ものみの塔聖書冊子協会を脅かす「フェイスブック」

やめるのは簡単…だと?? その日最大の欺瞞

「私たちの宗教は入るのはとても難しいが、やめるのは簡単です」と言っていました。
多分、やめるときに無理に引き止めたりといったことは実際されないんだろうと思います。
「でも、やめちゃったら、信仰している家族と話ができなくなるんですよね?」と聞いたら、言葉を濁してはおられましたが、肯定されていました。
「聖書に明確に書いてあるので」と。

超やめづらいわ!!! アホか!!!

あんなまじめで善良そうな方に、そういう欺瞞を言わせる統治体が僕は憎いです。
エホバの証人から知り合いを脱会させるときは家族単位で脱会させるつもりです。

参考資料:
エホバの証人の下半身事情 脱会した方の苦労が書かれています。

結論

エホバの証人はカルトだが、信者は怖くない。
拉致も監禁もされない。
だから凸っても安心。
たぶん王国会館に行っても大丈夫。
派手にやると出入り禁止になっちゃうかもしれないんで、バランスは必要かもしれませんが…。
「排斥」されちゃった「元信者」の方は、(たとえ血のつながった家族でも)信者の方とあいさつをすることもできませんから、僕ら非信者が凸って優しく動執生疑(どうしゅうしょうぎ:執を動じ、疑を生ず。それまでの小さな法に執着した心を揺さぶり、より大きな価値観へ目を開かせること)を起こしていくことが大切ですね。

次回予告

・本当に高度教育を否定しているのか聞く
・創価学会の会友になったら「排斥」されちゃうのか聞く
・聖書は科学的にも正しいと言っているが、進化論はどうとらえるのか聞く