「エホバの証人」カテゴリーアーカイブ

「ものみの塔」という組織の欺瞞

調べ物をしていて、ふと行き当たった記事。
司法教育に関するべテルの偽善(12年前に投稿した文章)|弁護士による「エホバの証人」観察ブログ
多くの信者に大学へ行かないよう勧めておきながら、一方で弁護士の育成だけは熱心に進めているという話。
訴訟が多いから弁護士がたくさん必要、ということなのでしょうか。
大多数の信者を扱いやすい無知な状態にしておいて、いざというとき(もしかしたら対外部だけでなく、対内部の法廷闘争?)のための武器は手に入れておこう、という組織のエゴのように見えてしまいます。
ベテル奉仕者(創価学会で言うところの本部職員と言っていいと思います)になるために全てをなげうつ人が多くいる一方、実際になっている人は学歴とコネでなっている、という話も出ていて、とても切ない気持ちになります。

私には何人か創価学会の本部職員の友人がいますが、少なくとも私の知る限り、「本部職員になるためなら全てをなげうっても悔いのない『あこがれの』職業」などというものではないように思います。
(私の個人的な見解では)一種の出家であって、重い責任と覚悟を必要とするのは確かですが、「あこがれ」感は全くないです。
創価大学出身の優秀な学生、信仰心の篤い学生が本部職員になっていくイメージ。
それが完璧というわけでもないかもしれませんが、比較的望ましい組織の在り方かなと思います。

私が話をさせていたエホバの証人の方々は皆さん真面目で優しい人ばかり。
その信仰自体が悪であるとは到底思えませんし、素晴らしい部分もあるに違いありません。
創価学会でも、教えには高低浅深の差があるとしていますが、突き詰めていけばみな仏法に通ずると考えています。

それでも、ものみの塔という「組織」が大きな欺瞞を抱えているというのは間違いなさそうに見えますし、それが信者の方々を不幸にしているのであれば、糾弾されてしかるべきだろうと思います。

エホバの証人情報センター保管庫 JWIC.INFO
こちらも参考までに。

創価学会とエホバの証人の違い

創価学会とエホバの証人、どこが違うのかを一つ一つ、思いつくままに書いていきたいと思います。
エホバの証人の方々10人くらいとガチで話してから書いてますんで、多分エホバの証人の方々からみても、ある程度納得いく内容になるんじゃないかと思っています。

【カルト性】

創価学会

正直に申し上げて、学会員にもイタイ人は結構な数います。
800万世帯とかいれば、そりゃぁいます。
で、「創価 カルト」とかで検索して出てくるのは、このイタイ人たちのエピソードばかり。
私などが読むと、「これはひどい。なんでもっと人間的にふるまえなかったのか。先生の指導ちゃんと読んでんのか。土下座してこの方(被害者)に謝れ! 池田先生の顔に泥を塗りやがって! 許せん!」と怒りに震えることもあります。
 
また、私自身、残念だなと思う幹部も割と身近にいたりします。
「慈悲」とか口では言ってるけどこの人全然わかってねーなとか、こいつ保身だけじゃねーかとか、こいつ自分の理解を他人に押し付けようとしてるだけの自己満オヤジじゃねぇかとか、先生の「学会員は常識豊かでなければならない」って指導お前どう読んでんの? とか。
もうほんと、そりゃこんだけ人数いればいますよ。
 
でもそれって、「中心者がおかしい」ということとは違うわけです。
創価学会の池田大作名誉会長には
 
・従藍而青(じゅうらんにしょう)の話を通し、弟子に自分を超えろと言い続けておられる(過去記事参照)
・宗教に係わらず名著をたくさん読み、勉学に励み、自分の頭で考え、行動しろと指導されている
・社会の繁栄を築く人材になれと指導されている
他宗教の方と積極的に対談し、多くの対談集も出版されている
 
と、多くの点で一般的なカルト集団の中心者たちとは全く正反対の特徴をみることができます。
 
学会の組織にしても、カルト教団のような細かい生活上の規定などは一切ありません。
拝みさえしなければ、神輿が出るようなお祭りにも参加していいことになっていますし、他宗教の冠婚葬祭にも参加できます。
クリスマスプレゼントを子どもにあげている家も多いでしょう。
そういうところはかなりゆるいです。
 

エホバの証人

さて、「エホバ カルト」で検索すると、圧倒的に統治体(エホバの証人、ものみの塔の中心メンバーたち)がヤバい、という情報が多いわけです。
もちろん、末端の信者の方々の行動が怖かった、というエピソードもあるにはありますが、私などから見ると、「その信者の方々もある意味で被害者だな」と思える事例が多いのです。
 
エホバの証人のカルト性を象徴する特徴は
・もうすぐハルマゲドンが来る、と終末感・不安感を煽って信仰に励ませる
・統治体も人間だから間違うこともある、としながらも、絶対服従を強いる(従わなければ「排斥」)
・「排斥」されれば、コミュニティの人だけでなく、家族とも話ができなくなるという非人間的な制度
・コミュニティの外はサタンの支配下にあるとして、あまり接するな、と教え、情報統制を敷く
・特にエホバの証人をやめた人のブログなどは、絶対に見てはいけないと厳しく言われている
・大学などの高等教育の非推奨(自分の頭で考えると組織を抜けてしまうからと言われている)
・組織から離れる時間・期間を作らせないため、就職を推奨しない
・必然的に貧困状態となるが、何かあればすぐに社会のセーフティネットに頼ることになるため、社会にとって負担になる
・仕事を通して社会に貢献しようという息吹はほとんどない
・他宗教の冠婚葬祭には参加できない
・クリスマスも楽しめない
といったところでしょうか。
 
一言で言えば、エキセントリックな末端(アホ幹部含む)が問題になるのが創価学会、中心がカルトそのもののエホバの証人、と言えると思います。
 

【困難に直面した時】

創価学会

信心強盛な創価学会の会員は困難に直面した時、「よっしゃこっからだ! 必ず変毒為薬してみせる! 同じ苦しみを味わっている人たちの希望になってみせる! 打ち勝つ姿を持って仏法の凄さを証明してやる!」とむしろ奮い立ちます。
もちろん人間ですから弱くなる時もありますけどね。
でもまた、日蓮大聖人の御書や池田先生の指導を読んで、南無妙法蓮華経と唱える中で力を得、強くなって立ち向かっていきます。
その中でなんらかの形で結果を出し、人間としても成長していきます。
私の理解では、それが「人間革命」ということです。
 
・参考:創価学会公式サイト|変毒為薬
 

エホバの証人

エホバの証人は、困難に直面すると、全てを神に任せ、慰めを得るために聖書を読みます。
地上のパラダイスにはそのような困難はないのだから、と。
(たぶん)挑戦はしません。苦闘もしません。
 
・参考:ものみの塔オンライン・ライブラリー|エホバの力から慰めを得る
 
私としては、大変歯がゆい!
一緒に頑張ろうぜ! 未来は自分の手で変えられるよ!
 
一言で言えば、現実の変革と人間的成長を目指すのが創価学会、現状に甘んじて慰めを求めるのがエホバの証人、と言えると思います。

職場の部下が創価学会員だったときとエホバの証人だったときの対処法比較

部下のパフォーマンスが落ちた時の対処法です。
 

一般的な確認事項

・ちゃんとご飯食べているか
・気持ちが落ち込んでないか
・ちゃんと眠れているか
・家族に何かあったとか、そういうことがないか
・体調が悪ければ病院に行くように
 
 こういうのは地味に大事ですね。
創価学会員もエホバの証人も人間ですから。
 

創価学会員な部下の場合

・「最近ちゃんと唱題してるのか」
・仕事は定時で上がってるのに疲れてたら「学会活動ばっかりやって職場でダレちゃったら本末転倒でしょ」
・やる気がないだけっぽかったら「職場で実証を示すんじゃないの? 池田先生の指導読んでる?」←うつ病の場合は追い込むことになるので注意です。
 
 うつ病でなくて、かつ、ちゃんと信心がある創価学会員なら、愛のある上司にこう言われたら奮い立つと思います。
たぶん、ですけど。
 

エホバの証人な部下の場合

本格的に証言活動に励もうと決めてしまった可能性があります。
基本的に「水曜日残業する可能性があるような正社員にはならない方がいい」とか言っているので、うかうかしてると退職されたりする可能性もあるかも?
「デキる部下」が欲しければ、ものみの塔から遠ざけることが必要じゃないかと思っています。
 
どうしたらいいかは私も模索中ですが、いかにいろいろな人とつなげて、いろいろな視点を持たせてあげられるか、勉強させてあげられるか、それを通じて盲目的に「統治体」という中心組織の言うことに従うのではなく、きちんと疑問を持てるようになるだけの見識を持たせてあげるか、が勝負なような気がします。
カルトは対話を嫌うのが特徴。
逆にいろいろな人とつなげてあげれば、カルトから抜け出すきっかけを与えてあげられるかもしれません。
 
エホバの証人たちは、組織の外の友人をたくさん持たないように指導されています。
エホバの証人のコミュニティ以外はサタンに支配された世界だから、という理屈ですが、実態は
 
・信者に見識を持たせないで組織に疑問を持たせないように、抜けさせないようにする
・エホバのコミュニティ以外に居場所を作らせないことで、「排斥」の恐怖を増幅させる
 
ことが目的と思われます。
 
逆に、エホバの証人以外の居場所を作ってあげれば、恐怖に支配されず、自由に考えることができるようになるかもしれません。
あなたの会社がその居場所になってあげることができれば、エホバの証人の方々の「真摯さ、従順さ、落ち着いた物腰、欲のなさ」を十二分に発揮してもらえて、いい社員ゲット! になるかもしれません。
 
がんばりましょう。

【エホバの証人】突き抜けるとそうなるのね

またエホバの証人の人に話を聞いてきました。
もうね、駅前とかに立ってる夫婦、ほとんどが子どもいません。
今日の人もそうでした。
なんでかって聞いたら、
・今の子の腐った世の中で子どもが生まれてもかわいそう(神の楽園ができたら子どもを作る)
・子どもができたらそのために証言活動の時間を減らさなくてはいけない
・結婚するのは証言活動をしやすくするため
だそうです。
もう! だめだよそれじゃ!
とも思いますが、そういう選択も尊重されてもいいとは思います。
他人がどうこう言う話じゃない。
 
そしてこんな発言も。
・環境破壊とか、もう人間がどうこうできる範囲を超えているから、神にどうにかしてもらうしかない
(私にとっては)新しいタイプの神頼み。なんか斬新。
根拠は聖書。
いや、やれることはしようよ。(してるのかもしれないけど)
 
どんなに統治体の予言がはずれても、もういいんだそうです。
ハルマゲドンがたとえ1000年後だとしても、エホバの証人の正義が証明されればそれでいいんだという話でした。
「もう何がなんでも、自分の信じてきたものが正しいと信じたい」という心理もあるのかもしれません。
でも、「信仰の意味」を「死への準備」に限定して考えた場合、あの方はある程度それをされているのであり、また「信仰に人生を捧げきっている」という点で、立派にエホバに「南無(帰命)」されていて、その信仰の篤さは敬服に値すると思います。
心からそう思います。
 
ただ、「統治体は近々ハルマゲドンが起きると言い続けているけれども、それは間違っているかもしれない」ということを彼は明確に意識されていたわけで、私はその点を指摘すべきでした。
そう。
統治体は人間の集まりですから間違うのです。
その決定を「絶対」のように扱うのも間違っています。
統治体が決めた「排斥」も絶対であってはならないし、「絶対である」と主張するのは統治体の傲慢です。
お題目をあげていてそう思いました。
私はあの人たちが好きなので、なんとかして気付いてもらいたい。

エホバ対策サイトの一つ

「エホバ 聖書 違い」で検索して、エホバの証人 統一協会 対策香川ネットさんのサイトを見つけました。
かなり古そうなサイトですが、訪問者が僕で5530人目って…。
もったいないなぁ。

このサイトによると、ものみの塔は、1969年に「ギリシャ語王国行間逐語訳聖書」というのを発刊していて、これは今でも(?)エホバの証人の方にお願いして注文すれば取り寄せることができるそうです。
この聖書は比較的聖書に忠実に訳しているそうで、これと比較することで、エホバの証人の方々持っている聖書が意図的に「改ざん」されてしまっていることが分かるそうな。

その他にも、なんでエホバの証人になったらダメなのかとかを端的に書いておられます。
ちょっとエホバの証人について勉強し、中の人と話しただけの僕ですが、まぁそうだよね、という内容。

中の人をいかにスムーズに、納得してもらったうえで抜けさせるか、という点については、まだまだ研究が必要な気がします。
結局のところ人間は感情の動物ですからね、理屈で破折するだけじゃダメなんです。
関係が悪くなるような言い方は絶対にしてはいけないですし。
相手が防衛線を張っていない、明後日の方向からすとんと相手の懐に飛び込めるようになるにはどうしたらいいのか…。
相手の幸せを思う祈りから始めなければ。

イタリア共和国とイタリアSGIが宗教協約(インテーサ)を調印

学会員の間では、イタリアと創価学会が宗教協約(インテーサ)を調印したというニュースは、大変大きな話題になってます。
まずは聖教新聞社の報道。
イタリア共和国とイタリアSGIが宗教協約(インテーサ)を調印

協定宗派の認定を受けたことで、
・イタリアSGIの記念日を祝日にする
・学校で日蓮仏法の宗教教育が出来る
・公共の墓地にイタリアSGI の場所が与えられる
・そして「1000の8条項」(納税者が個人所得税の申告の際に、特定の宗派を選択することにより、申告額の0.8パーセントが当該宗派に配分される)(「イタリアにおける国家とカトリック教会」田近 肇(岡山大学)のp.79でも確認)
が認められる見込みのようです。(議会の承認はまだっぽい感じです。2015/8/3追記)
 
なお、宗教協約(インテーサ)とかいうから、その単語で調べても創価学会関連の記事しか出てきませんが、文化庁の資料(海外の宗教事情に関する調査報告書 資料編4 イタリア宗教関係法令集)その他の資料を見る限り、政教協約(ヴィッラ・マダーマ協約)と書かれていることが多いようです。
(「政教」という単語から「政教一致」を連想していちゃもん付けてくる人が多くなりそうだったから、学会側は避けたんですかね。)
 
特定の宗派を、いうなればえこひいきする内容の協約ですから、Twitterとかでは「日本なら憲法違反」とか言って文句言ってる人いますね。
ちなみにヴィッラ・マダーマ協約の前は、法律上「カトリック教がイタリア国家の唯一の宗教である」とされていた(ソースは文化庁の「海外の宗教事情に関する調査報告書(平成20年3月)」のp.149)わけで、そういう感覚の国のことを素人が自分の国の憲法でとやかく言うの、ちょっと違う気がします。
 
さてこの協約、他に認められている宗派は11あるようです。(ソース:国境の南
1.ワルドー派宗教会議(Union of Methodist and Waldensian Churches)
2.イタリア神の会(Assemblies of God in Italy)
3.キリスト教再臨派連合(セブンスデー・アドベンチスト教会のこと? Seventh-day Adventist Church)
4.イタリアユダヤ共同体連合(Union of Italian Jewish Communities)
5.イタリアキリスト教福音主義パブテスト派連合(Baptist Evangelical Christian Union of Italy)
6.イタリア福音主義ルター派教会(Lutheran Evangelical Church in Italy)
7.イタリア・南ヨーロッパ太守管区正教聖大司教区(Greek Orthodox Archdiocese of Italy)
8.末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教、The Church of Jesus Christ of Latter-day Saints)
9.イタリア使徒教会(Apostolic Church in Italy)
10.イタリア仏教徒連合(Italian Buddhist Union)
11.イタリアヒンズー教徒連合(Italian Hindu Union)
 
で、先ほどの文化庁の「海外の宗教事情に関する調査報告書(平成20年3月)」のp.150をみると、
 
イタリア政府との取極が法律で承認された宗派
1 ワルドー派
2 セブンスデー・アドベンチスト教会
3 神の集会
4 ユダヤ教連合
5 福音主義バプチスト連合
6 福音主義ルター派教会
 
イタリア政府との取極の法律による承認待ちの宗派
1 イタリア仏教徒連合
2 エホバの証人
 
イタリア政府と取極締結交渉中の宗派
1 末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)
2 イタリアの使徒教会
3 南部ヨーロッパ管区イタリアの正教会
4 イタリア・ヒンズー教徒連合
 
と書かれています。
あれ? エホバの証人消えてるよ?
BBCの2000/3/20の報道見たら「認めた」って報道してるみたいなんですけどねぇ。
最後に
「The Italian parliament still needs to ratify the agreement.」
って書いてあるんで、政府は認めたけど議会が認めなくて
「承認待ち→立ち消え or まだ承認待ち」
なんでしょうか?
wikiのノートみても、BBCの記事のことしか書いてなくて、その後どうなったかは書いてませんでした。
まだ承認待ちだとしたら、長くね?
 


 
しょうがないから英語でソース探索。
ありました。
WIKIPEDIA Eight per thousand
「In addition an agreement has been signed with the Jehovah’s Witnesses, but it has not yet received parliamentary ratification.」
やっぱまだ議会で承認してくんないみたいです。
まぁ、仕方ないかもね…。カルトだもん…。

【エホバの証人】仏教哲学の勉強はNG?

今日駅前で聞いてきた限りでは、仏教哲学の勉強は「ギリ有りかもしんない」って感じでした。(すみません、眠いんでちょっといい加減になってきてます…)
 
仏教に限らず、世の中すべてがサタンの支配下にあると捉えられているわけですが、やっぱり近い部分はあるわけで、「哲学(もしくは心理学の延長線上)」としてなら勉強してもらえる余地はありそうです。
 
他のキリスト教派の勉強をしてもらう、といったことはほぼ不可能でしょうから、これは仏法ならではのアプローチの仕方ということになりそうです。
 
晩年のトルストイ、そして敬愛するヒルティの著作あたりを勉強しつつ、エホバの証人の教理と仏法の類似している部分あたりを示して心理的な抵抗を下げ、少しずつ勉強してもらうのがいいかもしれないなぁと思った次第です。
 
理屈で攻めたって駄目ですよね。
結局は感情。
そういう意味では、エホバの証人の方々に目覚めてもらうお手伝いをする人間として、仏教徒は最適なのではと思います。
頑張ります。

組織から離れて、反対している家族は排斥される?

駅前のエホバの証人の方に「もともとエホバの証人だった家族が組織から離れ、家族がエホバの証人へ参加することに反対した場合、排斥されるのか」と聞いたところ、
「ケースバイケース」とのことでした。
 
これは結構重いですね…。
排斥されるってことは家族と話ができなくなる、ということですから。
恐ろしい…。

統治体だって間違うこと、ありますよね。

10代のエホバの証人の子に「統治体(エホバの証人の中心者たちの集まり)だって人間だよね、間違うことだってあるよね」と聞いたところ、「それはあると思います」とのこと。
ただ、神が聖書の中で「統治体には従っておきなさい」と命令されているので、従っているんです、と。
 
んー。危険。
それって組織の中心者たちが決めたことは、ほとんど神の名のもとに「絶対」であるということですよね。
それは腐敗する。
 
駅前のエホバの証人の方にも「統治体が間違うこともあると思うか」と聞いたら、やはりそれはあるだろう、との返答でした。
ただ、「王国会館の中でそういうことを普通に話せる雰囲気はあるか」と聞いたら、相当言葉は濁されましたが、ないっぽい感じでした。そりゃそうですよね…。
 
で、駅前のエホバの証人の方にはちょっと突っ込んで「教理の変更がなされるということは、それまでの教理が何らかの形で間違っていた、ということですよね。では、新しい教理が示されたときに、『この教理も間違っているかもしれない』と思うことはありますか」と聞いたら、それはないと。
 
「では、排斥された方について、統治体によるその排斥の処分の決定が正しかったか、ということについてはどうか」とお話したところ、率直に「何故彼が」と思うことはあるとのことでした。
そりゃそうでしょうと思いますが、この話が伝わったら、あの方も排斥されてしまうんでしょうか…。
よく話してくれたなぁと思いますが、大丈夫かなぁ。
組織から離れることはいいことだと思いますが、家族からつまはじきにされてしまったら申し訳ない…。
 
エホバの証人の方に、統治体に対する疑問を持ってもらう際は、排斥の決定の妥当性についてどう思うか聞くのがいいかもしれません。
もちろん、相手が心を開いてくれてからの話ですけども…。

創価学会とエホバの証人と祈りの実証の違い

創価学会の信仰では、「世界平和のために、広宣流布のために○○を実現させてください」と祈るとバシバシ祈りがかなっていきます。
「病気を治す」だったり、「経済苦」だったり、「仕事の悩み」だったり、「進学」だったり。
私もこのブログで書いてきたとおり、そういう経験をいくつかしてきましたし、それによって信仰の確信をつかんできました。
 
今日駅前の方に、「仏教徒の私にはそういうことがいくつかあり、それを通して人間的に成長する、ということもあるが、エホバの証人にもそういうことはあるのか」と伺ったところ、そこまでドラマチックな体験ということはないが、今までに聞いた話では、「今日食べるものがなくて困っていたが、証言活動が終わって帰ってきたら、友人から食べ物が届けられていた」とか「仕事の応募先に断られてしまったが、証言活動をしていたらもっと条件のいいところが見つかって、そこで働けることになった」といった話はある、とのこと。
まぁ正直、世界の信徒の方の体験が載っている「ものみの塔」を読んでも、微妙な体験談しかなかったりするので、まぁそういう感じですよね…。
っていうかエホバの証人の方、ギリギリの生活しすぎじゃないでしょうか。
いや、創価学会にもそういうギリギリの生活されている方、たくさんいらっしゃいますけども、なれる人は正社員、なっておきましょうよ…。