つらいからこそ得られるもの

波乱万丈の苦労をしてこそ「人間」はできる。
苦労もせず、思い通りにいけば、よいように思えるかもしれないが、結局は、傲慢で小さな人間になってしまうものだ。
やりづらくとも、耐えて、努力し、乗り越えていく。
その積み重ねのなかで「人格」はできる。

2020/6/21の聖教新聞の「池田大作先生 四季の励まし」から

これはホントですね。

大前提として、「頑張ってない人はいない」んですが、少しの努力で報われてしまう事を繰り返すと、「うまくいっていないように見える人が努力していないように見える」という認知のゆがみが生じてしまう(=傲慢になる)ことはよくあるだろうと思います。

僕もずっと長いこと頑張り続けてきたわけですが、今も波瀾万丈、苦労しまくっていて、だいぶハードモードだなぁと感じています。しかし、経営的な苦しさとは裏腹に、いろいろなことが分かるようになったり、人の苦労が少しわかるようになったりと、「人間」としての幅はずいぶん広がったように感じています。

来世に借金がついてくるわけでもなく、持っていけるのは境涯(人間性)だけと考えると、今の苦労も「ありがたく利用させてもらおう」という気持ちになります。
新型コロナのこともあって、銀行に責められたり、かなり厳しい経営判断を強いられたりと毎日大変ですが、引き続き頑張ります。