カルトに見えてしまったら弟子の責任

2018年4月10日付の聖教新聞に、創価学園の入学式に向けた先生のメッセージが掲載されていました。

「 学園の伝統は、『学ばずは卑(いや)し』であります。
 今、皆さんが、一日一日、真剣に学んで力をつけた分だけ、身近な家族はもちろん、日本そして世界の民衆に、幸福の光、価値創造の光を贈れることを、どうか忘れないでいただきたい。」

「創価学会とエホバの証人の違い」でも述べましたが、カルト教団は必ず「外部のことは勉強せず、内部のもののみを勉強するように」と信者に言うものです。
そうしないと都合の悪いことにいろいろ気づいてしまって、求心力を失ってしまうからです。
 
池田先生は違います。
外のことこそ勉強しなさいと言われます。
学園において、池田先生が「自分の本を読め」とか、日蓮大聖人の「御書」や聖教新聞を読め、等とおっしゃったことは一度たりともないと思います。
他の宗教の信者であろう人々が書いた古典の名作をどんどん読め、と常々、何回も何回もおっしゃっておりました。
「他宗教の本も読もう」とかそういうことではありません。
「人類の叡智、宝の古典に学んで、人類の、平和の役に立つ人材に育て! それこそが私の本当の喜びである」と、「人間主義」の立場でいつもいつもおっしゃっていました。
 
そんな先生が「カルト教団の教祖」みたいに見えたとしたら、明らかに「勉強をサボった」弟子の怠慢であり、弟子の敗北です。
その強い自覚に立って、今この瞬間からさらに勉強に仕事に挑戦していこうと強く決意しました。

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