【エホバの証人】突き抜けるとそうなるのね

またエホバの証人の人に話を聞いてきました。
もうね、駅前とかに立ってる夫婦、ほとんどが子どもいません。
今日の人もそうでした。
なんでかって聞いたら、
・今の子の腐った世の中で子どもが生まれてもかわいそう(神の楽園ができたら子どもを作る)
・子どもができたらそのために証言活動の時間を減らさなくてはいけない
・結婚するのは証言活動をしやすくするため
だそうです。
もう! だめだよそれじゃ!
とも思いますが、そういう選択も尊重されてもいいとは思います。
他人がどうこう言う話じゃない。
 
そしてこんな発言も。
・環境破壊とか、もう人間がどうこうできる範囲を超えているから、神にどうにかしてもらうしかない
(私にとっては)新しいタイプの神頼み。なんか斬新。
根拠は聖書。
いや、やれることはしようよ。(してるのかもしれないけど)
 
どんなに統治体の予言がはずれても、もういいんだそうです。
ハルマゲドンがたとえ1000年後だとしても、エホバの証人の正義が証明されればそれでいいんだという話でした。
「もう何がなんでも、自分の信じてきたものが正しいと信じたい」という心理もあるのかもしれません。
でも、「信仰の意味」を「死への準備」に限定して考えた場合、あの方はある程度それをされているのであり、また「信仰に人生を捧げきっている」という点で、立派にエホバに「南無(帰命)」されていて、その信仰の篤さは敬服に値すると思います。
心からそう思います。
 
ただ、「統治体は近々ハルマゲドンが起きると言い続けているけれども、それは間違っているかもしれない」ということを彼は明確に意識されていたわけで、私はその点を指摘すべきでした。
そう。
統治体は人間の集まりですから間違うのです。
その決定を「絶対」のように扱うのも間違っています。
統治体が決めた「排斥」も絶対であってはならないし、「絶対である」と主張するのは統治体の傲慢です。
お題目をあげていてそう思いました。
私はあの人たちが好きなので、なんとかして気付いてもらいたい。

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