映画「ルンタ」を観てきました。

チベットでは、中国政府による非常な抑圧、殺戮、拷問が繰り返されています。
その蛮行に対し、チベットでは焼身自殺による抗議が行われているわけですが、そのバックグラウンドを丁寧に掘り下げている映画「ルンタ」を観てきました。
 
チベットの人たちは民族の言葉を奪われ、信仰を奪われようとする中で、絶望の淵に追いやられながらも、なお非暴力を貫き、相手を傷つけることを拒否し、最終的に焼身抗議の道を選んでいました。
2015年3月の時点で、141人もの方が、焼身による抗議を行っています。
平和な日本でのうのうと信仰している僕らと違い、一身を灯にかえて自由と民族と国と信仰を守ろうとしている彼ら。
それはたかだか19歳の女の子だったりするわけです。
あまりにも切ない。悲しい。
 
妙法蓮華経に南無(帰命)すると毎日唱えながら、そこまでの決意をしていたか、と自身に問いかけるとき、一種の恥ずかしさを禁じえません。
とともに、日蓮大聖人の「教主釈尊の出世の本懐は人の振舞にて候けるぞ」とのご金言を拝するとき、チベットの方々の「他者を傷つけまい」とするその高潔な精神に、仏法者としての一つの勝利の形を見る思いがします。
 
自分に何ができるのか。
この命を燃やし、少しでもこの世界を良くしてから死に逝かん、それまでは岩にかじりついてでも生き抜いて、動き抜いてみせると決意する時、どうしていくべきなのか。
 
創価学会員たるもの、問題に直面したときはご本尊の前に端座し、その命をご本尊にぶつける思いで祈り、行動を起こすのが流儀。
彼らの苦悩を思いながら、文字通り泣きながら、「この世界を少しでも良くさせてください、自分の使命を果たさせてください」と唱題しました。
大丈夫。
「社会のために」と本気で祈った祈りで、今まで叶わなかったことはありません。
明日からまた、日々祈りを深め、決意しなおしながら進んでいきたいと思います。
さしあたっての闘い方はもう見つけました。
学園生の底力を出すときは、今だ。

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