統治体だって間違うこと、ありますよね。

10代のエホバの証人の子に「統治体(エホバの証人の中心者たちの集まり)だって人間だよね、間違うことだってあるよね」と聞いたところ、「それはあると思います」とのこと。
ただ、神が聖書の中で「統治体には従っておきなさい」と命令されているので、従っているんです、と。
 
んー。危険。
それって組織の中心者たちが決めたことは、ほとんど神の名のもとに「絶対」であるということですよね。
それは腐敗する。
 
駅前のエホバの証人の方にも「統治体が間違うこともあると思うか」と聞いたら、やはりそれはあるだろう、との返答でした。
ただ、「王国会館の中でそういうことを普通に話せる雰囲気はあるか」と聞いたら、相当言葉は濁されましたが、ないっぽい感じでした。そりゃそうですよね…。
 
で、駅前のエホバの証人の方にはちょっと突っ込んで「教理の変更がなされるということは、それまでの教理が何らかの形で間違っていた、ということですよね。では、新しい教理が示されたときに、『この教理も間違っているかもしれない』と思うことはありますか」と聞いたら、それはないと。
 
「では、排斥された方について、統治体によるその排斥の処分の決定が正しかったか、ということについてはどうか」とお話したところ、率直に「何故彼が」と思うことはあるとのことでした。
そりゃそうでしょうと思いますが、この話が伝わったら、あの方も排斥されてしまうんでしょうか…。
よく話してくれたなぁと思いますが、大丈夫かなぁ。
組織から離れることはいいことだと思いますが、家族からつまはじきにされてしまったら申し訳ない…。
 
エホバの証人の方に、統治体に対する疑問を持ってもらう際は、排斥の決定の妥当性についてどう思うか聞くのがいいかもしれません。
もちろん、相手が心を開いてくれてからの話ですけども…。

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